ベルリンの壁を巡る8つのおすすめスポットとモデルルートを紹介!

非日常まとめ

2018年2月5日は、ドイツ、とりわけベルリンにとって大きな意味を持つ日です。この日、ベルリンは壁があった日数壁が崩壊してからの日数が同じになりました。

1つの街が東西に分断されてから、壁が崩壊し再び1つになるまで10315日。それは年数にすると28年2ヶ月27日です。

壁が崩壊してから28年経った今でも、ベルリンは壁があった時代の名残を留めています。それは、忘れてはいけない記憶としてベルリンの壁の歴史を保存し、世に伝えるという意味もありながら、壁があった期間で互いに異なった発展をしていった東西ベルリンの違いは、28年という短期間では解消されない、とも言えます。

今回は、ベルリンに来たらぜひ訪れてほしいベルリンの壁を巡るおすすめスポットとモデルルートを紹介します!

ベルリンの壁について

まずはベルリンの壁の歴史をおさらいしましょう!

第2次世界大戦後、ドイツはアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4カ国によって分断されます。ドイツの国土はこの4カ国によって分割支配され、首都のベルリンもまた、4分割されます。ベルリンの西側がアメリカ・イギリス・フランスの、東ベルリンはソ連の管理下になります。

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ベルリンの街自体はソ連の管理区域の中にあったので、西ベルリンはソ連管理下の中に飛び地のようにあったアメリカ・イギリス・フランスの管理地ということですね!

アメリカとソ連が対立し、冷戦状態に入ると、1949年社会主義陣営に属するドイツ民主共和国(東ドイツ)と、自由主義陣営に属するドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立し、この2つの国の成立によってベルリンも街の東側と西側で別の国、という状況になります。

ここで注意点ですが、この2つの国の成立と同時に壁が出来たわけではありません。1949年から1961年までの12年間は壁はなく、市民たちは自由に行き来することができました。元々は1つの街だったので、東ベルリンに住み、西ベルリンに働きに行く、という人や西側・東側に家族や友人がいる人もたくさんいました。

しかし、社会主義国と自由主義国の発展スピードは明らかに異なり、豊かな生活を求めて西ベルリンに移住する人が跡を絶ちません。この状況を受けてソ連は自国民の流出を避けるために西ベルリンをぐるっと周る形で壁を建設します。1961年8月13日のことです。

やがて壁は高く・頑丈になり、武装した兵士が壁を見張り、東ベルリン市民たちは近づくことさえできなくなります。

ちなみに、西側諸国の軍関係者、観光客は検問所経由で東ベルリンに行く事ができました。また、西ベルリンの住民が家族などに会いに東ベルリンに行くことも、条件付きですが可能でした。

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東ベルリンの住民は、西ベルリンの家族のお葬式誕生日などに一時的に西ベルリンに旅行することは建前上認められていましたが、実際には許可が下りないことも多かったようです。

壁が出来てからも壁を越えて西ベルリンに”脱出”しようとする人々は多く、成功した人、失敗して捕まった人、命を落としてしまった人がたくさんいます。

この後の話は割愛しますが、1989年11月9日、東ドイツの報道官のある発言がきっかけて自由を求める東ベルリン市民が壁に殺到し、市民の力により壁は崩壊します。

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長くなってすみません><でもこれくらいの基礎知識があれば、これから紹介するスポットもより理解が出来ると思います!

ベルリンの壁おすすめスポットとモデルルート

幽霊駅だった”Nordbahnhof”(ベルリン北駅)

この駅は、東西ベルリンの境界線上にあったため、分断されていた時代は使われなかった幽霊駅の1つです。逆に言えば、この駅の線路を進めば東ベルリンから西ベルリンに行ける、とのことで、駅の構造に詳しい鉄道関係者線路の修理工などが西ベルリンへの脱出を試みたようです。

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駅の中には当時の駅の写真や、脱出に成功した人/失敗した人の話の展示がされている他、当時の鉄道路線図も見られます。

Nordbahnhof 電車:S1,S2,S25,S26/トラム:M10/バス:245,247

ベルリンの壁記念館

Nordbahnhofの駅を出てすぐにあるのがベルリンの壁記念館です。この記念館があるBernauer Str.(ベルナウアー通り)は実際に壁があった通りで、今でもその一部が残されています。

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”Gedenkstätte Berliner Mauer”という標識を辿って駅を出てくださいね!

駅を出てすぐの所にあるBESUCHERZENTRUM(ビジターセンター)はあまり展示がないので、行っても行かなくてもどちらでもよいのですが、ビジターセンターを越えてBernauer Str.を100mほど進んだ所にあるDOKUMENTATIONSZENTRUM(ドキュメンテーションセンター)は必見です。

写真や映像と共に、当時の様子がとてもわかりやすく展示されています。

また、ドキュメンテーションセンターの屋上からは壁を上から見ることができ、緩衝地帯など当時の様子がよくわかります。ベルリンの壁は年々改築され、最終的にはこの写真のように無人地帯を挟む2枚の壁になりました。壁を越えようとしたものはこの隠れる所のない無人地帯を通るしかなかったのですが、ここには番犬や武装した見張りがおり、越えることは不可能に近い状態でした。

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トンネルを掘って脱出する人を防ぐため、地下にも壁が作られていました。

Gedenkstätte Berliner Mauer(Berlin Wall Memorial)http://www.berliner-mauer-gedenkstaette.de/en/

ビジターセンター・ドキュメンテーションセンター(10時~18時・月曜休み) 入場無料

Mauer Parkの蚤の市(日曜日限定)

ベルリンの壁記念館からさらにBernauer Str.を進むか、トラムM10に乗ってWolliner Str.駅に行くと、Mauer Parkがあります。Mauerはドイツ語で壁のことで、壁の跡地に作られた公園です。

天気の良い日に公園でごろっするのもよし、日曜日限定で大きな蚤の市が開かれています。ガラクタもたくさんありますが、可愛い雑貨やベルリンのお土産グッツも買えますよ!

原宿っぽい服もあります。

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蚤の市の中にはフードの屋台も出ているので、ここでランチを取るのがおすすめです!また、公園前のKastanien Alleeという通りはおしゃれカフェストリートなので、そこで休憩するのもいいですね!

■Mauer Parkの蚤の市

East Side Gallery(イーストサイドギャラリー)

Mauer ParkからトラムM10″Warschauer Str.”行きのトラムに乗って、約20分。終点で下りたら、トラムで通ってきた道に背を向けてまっすぐ進むと、East Side Galleryがあります。これは、壁が崩壊した後に世界中のアーティスト達が平和や自由の願いを込めて壁に絵を書いたものです。

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1kmくらいあってけっこう長いです。壁沿いにずっと進むとOstbahnhof(東駅)という駅に着きますが、この後の観光ルート的にはOstbahnhof駅でもトラムを下りた場所の近くにあるWarschauer Str.駅でもどちらでもOKです!

■East Side Gallery

DDR Museum(DDR博物館)

Ostbahnhof駅またはWarschauer Str.駅から電車に乗ってAlexander Platz(アレクサンダー広場)駅に行きます。ここから歩いて5分ほどのところに、DDR博物館があります。

DDRとは”Deutsche Demokratische Republik”、つまりドイツ民主共和国(東ドイツ)を意味します。ここでは、東ドイツの人々の生活の様子にフォーカスしていて、暗い歴史、というよりかは生活で使っていた家電やキッチングッツ、服などが展示されています。

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良く言えばレトロで可愛い、悪く言えば安っぽい東ドイツの生活グッツが見られてけっこう楽しいですよ!

DDR Museumhttps://www.ddr-museum.de/en

年中無休(月曜~日曜日:10時~20時、土曜日は22時まで)、大人9.5 euro(ただしオンラインチケットは5.5euro)

Check Point Charlie(チェックポイントチャーリー)

Alexander Platzから電車に乗ってKoch Str.(コッホ通り駅)まで行くと、チェックポイントチャーリーに着きます。チェックポイントチャーリーとは、東西ベルリンの境界線にあった検問所のことで、この近くには博物館やお土産屋などがあり、ベルリンの壁関連の観光スポットとして最も有名なところです。博物館では、自動車、飛行機などあらゆる手段で西側への逃亡を図った人々の記録や実際に使った車などの展示がされています。

ちなみに、チェーリーというのは誰か特定の人の名前ではなく、NATOフォネティックコードのC(チェーリー)から来ていて、検問所Cみたいな意味です。

検問所も今は観光スポット。写真はチップ(5euroくらい)制です。

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他の施設に行く時間がない!という方はチェックポイントチャーリー博物館に行くことをおすすめします!お土産屋も併設されていて、ベルリンの壁の歴史の勉強とお土産ゲットが両方できますよ!

Mauer Museum – Check Point Charliehttp://www.mauermuseum.de/

年中無休(9時~22時)、大人14.40euro ・ U6 Koch Str.からすぐ

Potsdamer Platz(ポツダム広場)

Check Point Charlieから歩いて5分ほどの所に、Potsdamer Platz(ポツダム広場)という駅があります。今でこそ高いビルが立ち並ぶベルリンっぽくない近代的な所ですが、その理由も壁が関係しています。

1982年のポツダム広場

出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4509172

第2次世界大戦が焼け野原になったここは、壁があった時代は境界線上にあたり、開発がされないまま放置されていました。崩壊後、一気に開発が進み、今のようなビルが立つオフィス街になりました。

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ポツダム広場にはMall of Berlinという大きなショッピングセンターがあり、ショッピングだけでなく食事や休憩にはぴったりですよ!

■Potsdamer Platz

Brandenburger Tor(ブランデンブルク門)

モデルルートの最後はPotsdamer Platzから歩くか、電車で一駅のブランデンブルク門です。1791年に建設され、かつてはナポレオンの勝利パレードの舞台となったこの門は、多くの観光客が訪れ、大晦日にクレイジーなカウントダウンが行われるベルリンの中でも特に有名な観光地です。

壁時代のブランデンブルグ門。門の左側が東ベルリンで右側が西ベルリン(1961年)

出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15938131

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この場所も、昔は境界線上にあったことで、人々は近づくことさえできませんでした。たった28年前までは自由に通行できなかった、と考えると、このブランデンブルク門もまた違った風に見えませんか?

■Brandenburger Tor

壁が買える?ベルリン土産

暗い歴史であるベルリンの壁も、今では観光地。お土産屋でも”壁グッツ”がたくさんあります。Check Point Charlieのお土産屋は広くて品揃えも多いのでおすすめ!壁の破片も買えますよ。

お土産グッツにこの白い看板のデザインのものがたくさんあるのですが、これは国境付近に掲げられていた看板で”You are leaving the American sector”(ここから先はアメリカの管理区域ではありません)という警告です。

自分用に一風変わったお土産が欲しい人はMauer Park(壁公園)の蚤の市を探してみましょう!当時の写真を売っているお店もありますよ~

ナチスによる恐怖政治を学ぶなら

Check Point Charlieから200mほど行ったところにある”テロのトポグラフィー”という資料館は、ナチスによる恐怖政治を伝える資料館です。いかにしてナチスがドイツを支配していったのか、どのような支配を行っていたのかがよくわかります。

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写真も多く、とてもわかり易い一方で、衝撃的な写真があったりと刺激は強めです。個人的にはお子様を連れて行くのはおすすめできません。

Topography of Terrorhttp://www.topographie.de/en/

年中無休(10時~20時)、入場無料

まとめ

歴史=昔、というイメージがありますが、ベルリンの壁はまだ歴史と呼ぶにも浅い28年前のことです。それ故、当時を生きていた人達がまた多くいて、写真や映像などの資料もたくさん残っています。

この記事で紹介した場所へ私は全て実際に訪れましたが、多くの資料館が入場無料でした。それは、出来るだけ多くの人にこの歴史を知ってもらいたい、というベルリンやドイツの心を表れである気がします。

正直、目を背けたくなるような資料もありましたが、それも全て28年前まで存在していた事実です。今回紹介したスポット全てを1日で周ると身体的にも精神的にも疲れてしまうかもしれませんが、ぜひ1つか2つは行ってみてください!

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旅=自己成長!地球に恋する帰国子女TRIPLER「Yuri」

父の仕事で小中学生の4年間、ドイツで海外生活を送ったことがきっかけでドイツが大好きになり、移住したいと思うようになる。大学卒業後、東京で就職するもその思いは枯れることなく5年後に退職。現在はドイツでワーキングホリデー中。息をのむような絶景、涙が出るほどの感動、笑っちゃうくらいの驚き・・・旅を通してより感受性の豊かな人間になることが旅の目的。 ⇒ プロフィールの詳細はこちら </A >
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